本読みの感想(ネタバレあり)を中心に、日々のことごとを。
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自己抑制を打ち破れ(魔法使いハウルと火の悪魔)
2007年01月17日 (水) | 編集 |
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『魔法使いハウルと火の悪魔』読了。
言わずとしれた、ジブリ映画『ハウルの動く城」の原作(この映画はすでに観ました)。

読み始めてまず思ったことは、「ああ、イギリスのファンタジーっぽい」ということ。
なんだそりゃ、と思われるかもしれないが、冒頭の「三人きょうだいのいちばん上に生まれるとは、なんてついていないんでしょう!」というくだりに、思わずニヤリとしてしまった。
『ゲド戦記』に苦労した反動か、なんだか馴染みのある感触にほっとする。
愚かなことに、わたしはダイアナ・ジョーンズさんがどこの人かなんて気にもせずに読み始めたので、奥付で確認して、ああやっぱり、と思った次第。
むろん、ある種の思いこみかもしれない。
単に『ゲド戦記』よりも明るくて、楽しい冒険物語だからなのかもしれない。
が、ともかく出だしから親しみを持って読み始められたことは、幸運だったと言ってよいだろう。

「どうせ長女だから成功しやしない」とすねて、内にこもり、愚痴をこぼすばかりの、地味で消極的な女の子ソフィー。
ところが、荒れ地の魔女の呪いで90歳になると、嘆いていても始まらない、「どうせ年寄りのすることなのだから」と、ずかずか踏み込むわ、ずけずけ言うわの、超積極的おばあちゃんに大変身。
たとえ見かけは関節がガタピシいうような老婆であっても、とても生き生きしている。
ずっと強気で好奇心旺盛で前向きになり、ソフィーは輝く。
ぶつくさ文句をこぼすのは変わらない(これがまた面白い)のだが、18歳の姿の時だって、本音はきっと自分でも分かっていたのだ。
ただ、それを表に出せなかっただけ。
老婆という〈偽りの姿〉になったおかげで、内心と直結した〈本当の行動〉を取り戻すことができたわけだ。

ソフィーは「長女だから自分には魔力なんてない」と思いこんでいたけれど、実は彼女には「話しかけること」で魔法をかける力があった。
老婆になったきっかけは荒れ地の魔女の呪いだったかもしれないが、実は「自分は老婆にされてしまった」という自己暗示によって、決定づけられていたという皮肉。
この部分が、かなり面白い!
「ソフィーが老婆になったお陰で本当の自分に気付く」お話かと思ったら、さらに「自分は老婆であるという自己暗示を解くことで不必要な自己抑制を取っ払う」話だったのだ。

積極的になったソフィーのお陰で巻き起こるあれこれに、振り回されるハウルが可笑しい。
ハウルは自分でも言っているように、本当は怖がりの臆病者なのに、さも大胆で無責任な放蕩者ぶっている。
ここにも、本当の自分をごまかしている者がいる。
ソフィーは、老婆になることで本当の自分に気付いたし、ハウルはそのソフィーにお尻を叩かれて、本当の自分を知られることを許した。
そして最後には、ハウルによってソフィーの自己暗示は解消される。
だからこそ、ふたりは惹かれあったのだろう。

意外性のある展開に、やきもきする恋愛模様。
退屈する暇もなく楽しませてくれる作品だ。

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