本読みの感想(ネタバレあり)を中心に、日々のことごとを。
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愛と感謝を語ろう(マイ・ディア)
2006年04月25日 (火) | 編集 |
久々に、氷室冴子『マイ・ディア *親愛なる物語*』を読みました(かれこれ1ヶ月近く前のことですが)。

氷室さんが、大好きな「家庭小説」への想いを綴ったエッセイ。
(一応補足すると、家庭小説とは『赤毛のアン』『若草物語』『あしながおじさん』『秘密の花園』といった類の物語を指す)
気のおけない友人との、とりとめのないおしゃべりのような文章で、リラックスして読める。
文章のそこらここらに、家庭小説への愛情がいっぱいだ。
アンやレベッカやパレアナなど、良きにつけ悪しきにつけ思い入れの強いキャラクターのこと、食べ物やドレスへの憧れなど、思い出すだけで弾んでしまう心が伝わってくる。
今風に言うと、ちょっとオタクっぽい?というくらい、よく詳しく覚えているものだ。
家庭小説が好きで好きでたまらないのだなあ、と、こちらの心までほころんでくる。
自分の好きなものを、どんなに好きか伝えて、読者にも興味を持たせる文章を書けるってすごい。
(わたしもそうなりたいものだ)


付録として「手紙」が掲載されているのだが、
本文ののほほんとした雰囲気とはうってかわって、こちらはだんだんシビアになってくる。
「けち」な性格の自分を育てたつましくも豊かであった生活の思い出から、
現代日本の親世代と子世代の憂いの指摘(というより氷室さんの憤り)へと発展。
この指摘は恐ろしく鋭い。
少し多いが、引用する。

「親の世代のひとびとは、生活実感としてもっていた美徳や風俗を、高度成長とともに惜しげもなく切り捨ててきました」
「彼らの人生は、子の世代の感謝によってしか、祝福されない」
「若い連中は豊かな時代を、当然のように享受していて、感謝するどころではない。貧乏をしらない世代が、貧乏をイヤだといい、親の世代の貧乏を嗤う」
「子どもも危機であるように、親たちにとっても危機であり、残っている時間は少ないぶんだけ、親の世代の人々に、絶望ににた共感と怒りがあります」
「わたしは大人対子供の二元論で、大人をとらえることができない」
「子供が大人の抑圧によって傷ついているのだとしたら、大人もまた、時代の抑圧に翻弄されているように思える」


15年以上経っても、問題はちっとも改善されていない。
今日は、時代背景と子供の不幸ばかり叫ばれているが、親世代の不幸にも焦点を当てた氷室さんの指摘に、目から鱗が落ちた。
2006年の大人も子供も、政治家も教師もサラリーマンも経営者もプー太郎も、金持ちのぼんぼんも苦学生も、まだ今日のことしか考えられない幼い子も、みんなに読んでほしい。
ここで詳細を書くことはとてもできないので、
どうにかしてこの本を手にして、手紙部分だけでも読んで欲しい。

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