本読みの感想(ネタバレあり)を中心に、日々のことごとを。
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神さまの手帳からこぼれてきた(博士の愛した数式)
2006年01月03日 (火) | 編集 |
小川洋子『博士の愛した数式』文庫版読了。
映画になるらしいですね。
配役は、なんとなくはまっていそうな気がします。


午後のやわらかい、灰色で透明な光の中、
静かに静かに、ごくごく細かい雨が降る------

このお話を読んでいる間、ずっと心の中に広がっていたイメージだ。
なぜ雨なのか? わからない。
でも、この小説のきっかけになったという『偶然の祝福』を読んでいたときも、
似たようなイメージが、終始わたしのなかにあった。
「私」の回想という形式のせいだろうか。
終わってしまったこと、という認識のうえでたどる物語だからか。
にぎやかなはずの野球観戦のシーンでさえも、静かに淡々と、しかし濃密に時間が過ぎていくような、この感触は。
息も忘れじっとして、落ち着いた沈黙の中、静かに降る雨を感じる取るように、小説を読んだ。

数学を、「美しい」と表現する。
博士に言われると、確かに美しいような気がしてくるから、不思議だ。
(知人で、「趣味は数学と哲学」という人がいるが、なんとなく納得できる気になった)
「私」も、博士の謙虚で誠実な数学への愛を感じ取り、その独特な感性へ引き込まれていく。
「ルート」はあらかじめわかっていたように、自然に博士の心を探りあて、やさしく触れる。
3人は、数学を挟んで、心の空白を補い合っていた。
3人は惹かれあったからお互い寄り添った、なんて表現はできるかもしれないけれど、
彼らはそれでどうにかしたかったわけでもないのだろう、と思う。
愛とか、情とか、絆とかいうものでもなく、
そうあるべきだったから、ただそうなっただけ、だと。

それにしても、1992年のプロ野球、そして江夏の背番号と、
よくぞこれほどまでにぴったりはまる材料を、小川さんは見つけ出したものだ。
数学と同じように、もしかして、神さまの手帳に書かれていたのではないだろうか……

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