本読みの感想(ネタバレあり)を中心に、日々のことごとを。
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始まりの物語(西の善き魔女第7巻)
2005年12月04日 (日) | 編集 |
荻原規子『西の善き魔女』文庫版第7巻読了。

外伝という位置づけで、8歳のフィリエルとルーンとの出会いを描いた物語。
8歳のお祝いに、村の礼拝堂に行くんだ、と張り切るフィリエル。
第1巻で、15歳のフィリエルが、女王生誕祝祭日の舞踏会に行くんだ、と心浮き立たせていたことを思い出す。
これは、「始まりの物語」なんだなあ、と感じる。

無口で、なんでもフィリエルに付き従う人形のようなルーンが、次第に自己主張するようになる課程は、本編で大きくなったルーンの様を知っているだけに、感動的ですらある。
ルーンは、フィリエルの天真爛漫さを吸い込んで、大きくなった。
たとえ無愛想な表情は消えなくても、口答えやうろたえることを覚えたのだから。
それから、本編では一言も発しないまま姿を消した博士が、生身で登場。
予想していたよりも偏屈でもなく、優しい男だった。
エディリーンをこの上なく愛していた、不器用な男だった。

ボウ夫妻は、赤毛のアンのマシュウとマリラを彷彿とさせる。
わたしのイメージでマリラはやせた女性で、タビサ・ホーリーは大柄な太った女性なので、姿は全然似ていないが、貧しくとも慎ましく、たくましく、毅然と生きている様は、よく似ている。
マシュウとボウ・ホーリーは、不器用で朴訥としていておかみさんに頭が上がらない。そっくりだ。
ボウもきっと、「そうさな」というセリフがよく似合う。

この1冊で約1年が過ぎる。
時間の流れだけ言えば、かなり早く過ぎていく。
けれど、過去6冊に比べて、実にゆったりとした印象がある。
その分、荒れ野セラフィールドでの季節や生活が、じっくりと描かれている。
荻原さんという人が、セラフィールドで暮らしていたかのように、とてもリアルだ。
おかみさんの料理も、フィリエルの手伝いも、切りつめた生活を一時忘れるお祭りのにぎやかさも。
彼らは、確かにここに生きているのだ、と感じる。
派手な事件などなくても(あるけど)、実に読み応えがあるのだ。

****
フィリエルとルーンの絆を決定的にしたと言える、家出事件。
それは、フィリエルがルーンを殺そうとした、という大問題なのだが、
これを読みながら、昨今の若年層によるリアルな殺人事件を思い起こさずにはいられなかった。
特に、具体的に1件の事件が、強烈に頭の中にこびりついて離れなくなった。
(どの1件かは、挙げないでおくけれど)

フィリエルは、夢の中でルーンを殺してしまった。
「殺意」を抱いてしまった自分を、星女神は許さないだろうと思ったし、おそらく自分こそが許せなかった。
だから、そう願ってしまったことは、最後まで実行せざるを得ない、と思いこむフィリエル。

こんなふうな思いこみを制御できずに、本当に行動に移してしまった少年・少女がいるのではないか。
その恐ろしさや、悲しさに気づかないまま、本当の現実感を伴わないままに……

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