本読みの感想(ネタバレあり)を中心に、日々のことごとを。
魔法使いは問答が得意(ゲド戦記1)
2006年12月19日 (火) | 編集 |
アーシュラ・クローバー・ル=グウィン『ゲド戦記1 影との戦い』読了。

原作読むまで映画を観ないぞ、と思っているうちに、
あれよあれよと時は流れ、ようやく読み始めた次第。
(よって、映画は未見なのです)

全体的に、非常に観念的だ。
だれも「答え」(敵の正体や戦い方や解決策など)を知らないふうなのに、
実はみんながちゃーんとわかっている、ということが多くて、
少々置いてけぼりにあった気分にもなる。
その「答え」がどうやって導き出されたか、という部分がほとんどない。
だから、無知で無謀なはずのゲドが、いきなり悟ったようなことを言うところや、
ドラゴンとの問答や、石をめぐるやりとりに、とても唐突な印象を受ける。
これは個人的な印象だが、西洋の作品というのはそういう傾向にある気がする。
(『指輪物語』『ガリバー旅行記』『ナルニア国物語』『ハリー・ポッター』……)
文化的なものか宗教的なものか、もしかしたら翻訳の際の「クセ」なのか?
過程をごちゃごちゃ語るよりも、問題と対決する姿に重きを置いているのかもしれない。
(方法より、結果?)
よくわからないが、本作においては「魔法使いの直感」とでも解釈しておこうか。

唐突と言えば、
ゲドの未来と、それにまつわる世界の未来が、ひどく絶望的だったはずなのに、
2年くらいであっさりとロークを出ていったのには拍子抜けした。
表現が大袈裟なんだか、なんなんだか……
のちのち、影の正体に気付いてくると、理解できなくはないわけだが、
それにしても……
(まあ、この手の展開も、よくあるパターンだが)

「魔法使い」から想像していたよりも、ずっと地味な話だった。
自己の二面性の認識と受容。
よくあるテーマではあるが、大切なテーマであり、
最初から最後までちらちらと見え隠れしながら、
きちんと貫かれているところが、いい作品だ。

それから、
ゲドを筆頭に、黒い肌の人たちが活躍していて、
帝国に屈しない多島地域=多様な文化あり、という、
世界観も意外性があって、面白かった。
(1/8追記:「意外性」というのは、アメリカ生まれの小説に対して、
わたしが自分勝手に抱いていたイメージにとっての意外性、だと思う。
我が貧相な想像力や、思いこみ……情けなや)