2005年12月11日 (日) | 編集 |
10(土)・11(日)、山梨へ行ってきました。
出産したばかりの友人と、その赤ちゃんに会いに。
甲府は正真正銘盆地で、そして富士山が近かった。
久々のでっかい富士山は、やっぱり感動ものでした。
赤ちゃんはまだ生まれて3週間。
目もまだよく見えない、たぶん音もよく聞こえない、そんな状態。
お母さんとよく似た、愛らしい赤ちゃん。
もともと友人は、いかにも母親が似合いそうな人だったけれど、
これがまた予想以上に母親らしく、感心してしまった。
それにしても、赤ちゃんというのは不思議な生き物だ。
誤解を恐れずに言えば、「まだ人間じゃない」みたい。
だって、おくるみに包まれて、うにゃうにゃと泣いて、身じろぎする様は、
どう見ても、わたしたち「人間」と同じ生き物に見えないもの。
この触れればもろく壊れてしまいそうな、意思疎通もできなそうな生命が、
やがて成長して、わたしたちと同じ系譜につながっていくのかと思うと、不思議な気がする。
多くの動物は、この世に登場したら、まもなく自分で立ち上がり、
食を得ようとする能力を持っているじゃない。
それが、人間の赤ちゃんは、立って歩くのに何ヶ月もかかるし、
お乳だって、全部お膳立てしてもらわなきゃ手に入れられない。
10ヶ月もかかってでてくるくせに、
なんだって、こんなにも無防備に生まれてくるのだろう。
不思議で不思議で、仕方ない。
理屈では、わかっている。
人間ほどに発達してしまったら、お母さんのお腹の中ではそこまで成長しきれないって。
たぶん、お母さんのお腹の中は狭すぎるのだろうって。
でも、やっぱり、なんでこんなに無防備なのか。
いや、だからこそ、おとなたちは、守ってやらなきゃいけないんだろう。
愛情を注いで、守り抜いてやらなきゃいけないのだろう。
出産したばかりの友人と、その赤ちゃんに会いに。
甲府は正真正銘盆地で、そして富士山が近かった。
久々のでっかい富士山は、やっぱり感動ものでした。
赤ちゃんはまだ生まれて3週間。
目もまだよく見えない、たぶん音もよく聞こえない、そんな状態。
お母さんとよく似た、愛らしい赤ちゃん。
もともと友人は、いかにも母親が似合いそうな人だったけれど、
これがまた予想以上に母親らしく、感心してしまった。
それにしても、赤ちゃんというのは不思議な生き物だ。
誤解を恐れずに言えば、「まだ人間じゃない」みたい。
だって、おくるみに包まれて、うにゃうにゃと泣いて、身じろぎする様は、
どう見ても、わたしたち「人間」と同じ生き物に見えないもの。
この触れればもろく壊れてしまいそうな、意思疎通もできなそうな生命が、
やがて成長して、わたしたちと同じ系譜につながっていくのかと思うと、不思議な気がする。
多くの動物は、この世に登場したら、まもなく自分で立ち上がり、
食を得ようとする能力を持っているじゃない。
それが、人間の赤ちゃんは、立って歩くのに何ヶ月もかかるし、
お乳だって、全部お膳立てしてもらわなきゃ手に入れられない。
10ヶ月もかかってでてくるくせに、
なんだって、こんなにも無防備に生まれてくるのだろう。
不思議で不思議で、仕方ない。
理屈では、わかっている。
人間ほどに発達してしまったら、お母さんのお腹の中ではそこまで成長しきれないって。
たぶん、お母さんのお腹の中は狭すぎるのだろうって。
でも、やっぱり、なんでこんなに無防備なのか。
いや、だからこそ、おとなたちは、守ってやらなきゃいけないんだろう。
愛情を注いで、守り抜いてやらなきゃいけないのだろう。
2005年11月06日 (日) | 編集 |
伊勢英子さんの個展を観に行ってきました。
(「もうひとりのゴッホ展」 山の上ギャラリーにて)
北鎌倉の古い酒屋さんを移築したというギャラリーは、その存在自体に趣きあり。
木造・白壁・瓦屋根・平屋(屋根裏部屋あり)の、モダンな日本家屋。
靴を脱いであがると、板間の展示スペース。
大きな窓ガラスの向こうに見える木々を背景に、タブローが並ぶ。
早春(だと思う)の鳥海山をモチーフにした絵は、内外の木の温もりと溶け合うようだ。
そして、わたしにとっては、やはり「永遠のそこ」の存在感が光る。
奥の和室に、「秋桜」2作。
アクリルの巨大なタブローが、ふすまを背景に、または、床の間に飾られている。
なにやら、この部屋のために描かれているかのように、しっくりとくる。
去年、秋田で観たときも素敵な絵だと思ったが、なんというか、いかにも展示物だった。
それが和室に飾られていると、とても身近に感じる。
秋桜が風になびいているように、秋桜を抱く人物がまるで息をしているかのように……
和室に伊勢さんのアクリル画。
この組み合わせの妙に、静かに興奮してしまった。
二階(屋根裏部屋)には、絵本『絵描き』の原画や、展開ラフ、エスキスなど。
それから、『ふたりのゴッホ』のためのスケッチや写真も。
まるで伊勢さんの頭の中を覗き見させてもらったような気分になった。
一冊の絵本を仕上げるまでの、紆余曲折、情熱がそこに見えるようだ。
二階でスケッチなどのコラージュを眺めていると、そこへ伊勢さん登場。
思わず見合わせる顔と顔。
「?」という表情の伊勢さん。
思い切って、「去年、秋田で初めてお会いしたんです」と言うと、「あ〜、写真の」と思い出してくださった。
一昨年、安曇野で初めて作品を拝見した、という話をしたことも思い出してくださった。
いやはや、毎回いろんな人と話をするだろうに、よくぞ。
うれしい。
伊勢さんは「このギャラリーいいでしょ〜」と連発し、かなりお気に入りの様子。
確かに、一般の展覧会場のように無機質でないところが魅力的だ。
玄関や、お手洗いにまで、さりげなく伊勢さんのスケッチが飾ってあった。
そういう、一種の「生活感」のような雰囲気が、とても心地よい。
またここで、伊勢さんの絵を見たいと思った。
(「もうひとりのゴッホ展」 山の上ギャラリーにて)
北鎌倉の古い酒屋さんを移築したというギャラリーは、その存在自体に趣きあり。
木造・白壁・瓦屋根・平屋(屋根裏部屋あり)の、モダンな日本家屋。
靴を脱いであがると、板間の展示スペース。
大きな窓ガラスの向こうに見える木々を背景に、タブローが並ぶ。
早春(だと思う)の鳥海山をモチーフにした絵は、内外の木の温もりと溶け合うようだ。
そして、わたしにとっては、やはり「永遠のそこ」の存在感が光る。
奥の和室に、「秋桜」2作。
アクリルの巨大なタブローが、ふすまを背景に、または、床の間に飾られている。
なにやら、この部屋のために描かれているかのように、しっくりとくる。
去年、秋田で観たときも素敵な絵だと思ったが、なんというか、いかにも展示物だった。
それが和室に飾られていると、とても身近に感じる。
秋桜が風になびいているように、秋桜を抱く人物がまるで息をしているかのように……
和室に伊勢さんのアクリル画。
この組み合わせの妙に、静かに興奮してしまった。
二階(屋根裏部屋)には、絵本『絵描き』の原画や、展開ラフ、エスキスなど。
それから、『ふたりのゴッホ』のためのスケッチや写真も。
まるで伊勢さんの頭の中を覗き見させてもらったような気分になった。
一冊の絵本を仕上げるまでの、紆余曲折、情熱がそこに見えるようだ。
二階でスケッチなどのコラージュを眺めていると、そこへ伊勢さん登場。
思わず見合わせる顔と顔。
「?」という表情の伊勢さん。
思い切って、「去年、秋田で初めてお会いしたんです」と言うと、「あ〜、写真の」と思い出してくださった。
一昨年、安曇野で初めて作品を拝見した、という話をしたことも思い出してくださった。
いやはや、毎回いろんな人と話をするだろうに、よくぞ。
うれしい。
伊勢さんは「このギャラリーいいでしょ〜」と連発し、かなりお気に入りの様子。
確かに、一般の展覧会場のように無機質でないところが魅力的だ。
玄関や、お手洗いにまで、さりげなく伊勢さんのスケッチが飾ってあった。
そういう、一種の「生活感」のような雰囲気が、とても心地よい。
またここで、伊勢さんの絵を見たいと思った。
2005年11月05日 (土) | 編集 |
新校舎で初の学祭。というわけで遊びに行ってきました。
予想はしていたけれど、大変にさびし〜感じ。
建物の構造上にも問題がなくはないけど、傍目に「お祭り」だなんて、全然わからない。
校舎がピカピカな分、余計に寂しいような……
前のボロい校舎のときのほうが、それでも活気があったように思うけど。
みんなちゃんと楽しんでいるのかなあ……ちょっと心配になってっしまいました。
まあでも、このまったりしたところが、校風といえばそれまでだしな。
クラブも一応無事に参加していたので、ひと安心。
もはや風前の灯火なのだけど、それでもしぶとく続けていってほしい。
卒業生としては、やはりかつて在籍していたものがなくなってしまうのは寂しいからね。
予想はしていたけれど、大変にさびし〜感じ。
建物の構造上にも問題がなくはないけど、傍目に「お祭り」だなんて、全然わからない。
校舎がピカピカな分、余計に寂しいような……
前のボロい校舎のときのほうが、それでも活気があったように思うけど。
みんなちゃんと楽しんでいるのかなあ……ちょっと心配になってっしまいました。
まあでも、このまったりしたところが、校風といえばそれまでだしな。
クラブも一応無事に参加していたので、ひと安心。
もはや風前の灯火なのだけど、それでもしぶとく続けていってほしい。
卒業生としては、やはりかつて在籍していたものがなくなってしまうのは寂しいからね。
2005年10月22日 (土) | 編集 |
クラス会に行ってきました。
と、その前に、学校探検。
ン年ぶりの母校訪問ですよ。いや〜懐かしい。
「うわっ、きたなっ」
「図書室だー。オレが借りた時のカードもあるのかな?」
「机ってこんな小さかったっけ」
「水道の水、がぶがぶ飲んでたよね〜。今じゃ信じられないよね〜」
「下駄箱どこらへん使ってたっけー?」
「おおー、受験資料がなんか充実してる!」
「部室見たら泣いちゃうかな。泣いちゃうよね」
「なんだ〜、あの変なベンチ! ぜってーいらね〜」
「うお! 学食!」
などなど、口々にわめきながら、10名ちょいでウロウロと。
本当に懐かしい。
窓にX字の耐震補強材が入ったりしてたけど、基本的には変わってない。
ぼろくて、汚くて、洒落っ気ゼロで、ほこり臭くて、なんかあったかい(でも本当は寒い)、思い出の場所だ。
しかし、ひとつ大きく変わったことがありました。
わたしらの頃には、出入り自由の、勝手気ままな無法地帯だったのだけど、
今じゃ、セキュリティーバリバリ。
玄関やら特別教室やら、渡り廊下やら、みんなばっちり鍵がかかっている。
その鍵も、暗証番号(+カード?)式のごついヤツ。
時代といえば、それまでですが、世知辛い世の中になったものです。
ちょっと、かなしいなあ。
さて、その後は飲み会。
元担任にも会えるからか、出たり入ったりしつつ、総勢30名くらい?
約2/3の出席率ですか。すごい。
正直、名前を思い出せない人が多々いたのだけれど、
顔を見れば、あー、たしかにいたわ、こんな人、となんとなく蘇る。
幹事が卒業アルバムを持ち込んだおかげで、また妙に盛り上がること。
自分の写真は見たくないけど、他人のはおおいに見たいんだよね。
卒業後、初めて会う元クラスメートたちは、
弁護士、医者、社長、添乗員、事務、バイヤー、主婦、母親、父親、などなど、
みんなそれぞれの道を歩んでいる。
今では、まるで接点がなく、信じられないような感じだけれど、
確かにあの1年間、この人たちとともに過ごしていたのだなあ。
こうして久々に会うと、すぐになじめてしまう(多少、探りながらではあるけど)。
なんか、ありがたい存在だ。
と、その前に、学校探検。
ン年ぶりの母校訪問ですよ。いや〜懐かしい。
「うわっ、きたなっ」
「図書室だー。オレが借りた時のカードもあるのかな?」
「机ってこんな小さかったっけ」
「水道の水、がぶがぶ飲んでたよね〜。今じゃ信じられないよね〜」
「下駄箱どこらへん使ってたっけー?」
「おおー、受験資料がなんか充実してる!」
「部室見たら泣いちゃうかな。泣いちゃうよね」
「なんだ〜、あの変なベンチ! ぜってーいらね〜」
「うお! 学食!」
などなど、口々にわめきながら、10名ちょいでウロウロと。
本当に懐かしい。
窓にX字の耐震補強材が入ったりしてたけど、基本的には変わってない。
ぼろくて、汚くて、洒落っ気ゼロで、ほこり臭くて、なんかあったかい(でも本当は寒い)、思い出の場所だ。
しかし、ひとつ大きく変わったことがありました。
わたしらの頃には、出入り自由の、勝手気ままな無法地帯だったのだけど、
今じゃ、セキュリティーバリバリ。
玄関やら特別教室やら、渡り廊下やら、みんなばっちり鍵がかかっている。
その鍵も、暗証番号(+カード?)式のごついヤツ。
時代といえば、それまでですが、世知辛い世の中になったものです。
ちょっと、かなしいなあ。
さて、その後は飲み会。
元担任にも会えるからか、出たり入ったりしつつ、総勢30名くらい?
約2/3の出席率ですか。すごい。
正直、名前を思い出せない人が多々いたのだけれど、
顔を見れば、あー、たしかにいたわ、こんな人、となんとなく蘇る。
幹事が卒業アルバムを持ち込んだおかげで、また妙に盛り上がること。
自分の写真は見たくないけど、他人のはおおいに見たいんだよね。
卒業後、初めて会う元クラスメートたちは、
弁護士、医者、社長、添乗員、事務、バイヤー、主婦、母親、父親、などなど、
みんなそれぞれの道を歩んでいる。
今では、まるで接点がなく、信じられないような感じだけれど、
確かにあの1年間、この人たちとともに過ごしていたのだなあ。
こうして久々に会うと、すぐになじめてしまう(多少、探りながらではあるけど)。
なんか、ありがたい存在だ。
2005年10月10日 (月) | 編集 |
日本の滝百選のひとつ、「米子大瀑布」へ。
ところが、いつ雨が降ってもおかしくない天気。
山は霧に包まれて、肝心の滝は見えませんでしたとさ。
大瀑布の1つめ、「不動滝」は、しぶきを浴びるほどに近づけるので、一応姿を拝んできました。
近づきすぎて、かえってよく見えないというか、全体像がつかめないというか。
滝の頭は、霧のために見ることができず、大迫力。
天から落ちてくる滝を、全身で浴びたような気分に。
そして、2つめの「権現滝」。こちらはまるっきり何も見えず……
滝はちょっと残念だったけれど、久々の山歩きは心地よかった。
寒すぎず、暑すぎず、気温についてはコンディションばっちり。
全体に霧が立ちこめているので、しっとりとした空気がおいしい。
そして、植物も土も石も、湿気をまとってつややか。
緑は全体に薄い色で、天気は悪いのだけれど、ほの明るい。
ちょっと意外な感じ。
これは、山を知らない者の感想かな。
鮮やかな緑も美しかったし、もっと紅葉する時期であれば、
また眺めを楽しめることでしょう。

メインの滝は見られなかったけれど、途中の眺めでも十分楽しめました。
その後は、軽井沢へ移動して、絵本の森美術館へ。
木葉井悦子氏特集をやってました。
初めて見る木葉井さんの絵は、とても生命力に溢れていた。
いわゆる「ヘタウマ」の部類だと思うのだけど、やっぱり、うまいんだなー、と唸ってしまう。
一見、子供の殴り書きのような感じだが、実はとても巧妙で、ダイナミックな構造と、独創的な配色にパワーを感じる。
そして、なんでもデフォルメしているようで、肝心なところは、ちゃんと細部まで描かれている。
植物と動物の混合したような習作などを見て、ああ、この人も感性の人だ、と思った。
そういう世界で生きていた人なのだ、と。
ところが、いつ雨が降ってもおかしくない天気。
山は霧に包まれて、肝心の滝は見えませんでしたとさ。
大瀑布の1つめ、「不動滝」は、しぶきを浴びるほどに近づけるので、一応姿を拝んできました。
近づきすぎて、かえってよく見えないというか、全体像がつかめないというか。
滝の頭は、霧のために見ることができず、大迫力。
天から落ちてくる滝を、全身で浴びたような気分に。
そして、2つめの「権現滝」。こちらはまるっきり何も見えず……
滝はちょっと残念だったけれど、久々の山歩きは心地よかった。
寒すぎず、暑すぎず、気温についてはコンディションばっちり。
全体に霧が立ちこめているので、しっとりとした空気がおいしい。
そして、植物も土も石も、湿気をまとってつややか。
緑は全体に薄い色で、天気は悪いのだけれど、ほの明るい。
ちょっと意外な感じ。
これは、山を知らない者の感想かな。
鮮やかな緑も美しかったし、もっと紅葉する時期であれば、
また眺めを楽しめることでしょう。

メインの滝は見られなかったけれど、途中の眺めでも十分楽しめました。
その後は、軽井沢へ移動して、絵本の森美術館へ。
木葉井悦子氏特集をやってました。
初めて見る木葉井さんの絵は、とても生命力に溢れていた。
いわゆる「ヘタウマ」の部類だと思うのだけど、やっぱり、うまいんだなー、と唸ってしまう。
一見、子供の殴り書きのような感じだが、実はとても巧妙で、ダイナミックな構造と、独創的な配色にパワーを感じる。
そして、なんでもデフォルメしているようで、肝心なところは、ちゃんと細部まで描かれている。
植物と動物の混合したような習作などを見て、ああ、この人も感性の人だ、と思った。
そういう世界で生きていた人なのだ、と。

